移転価格税制で「国も負ける」――アドビ・ホンダ事件など主要判例から比較可能性の重要性を税理士が解説

「移転価格税制で更正処分を受けたら、もう争っても勝てない」――海外に子会社を持つオーナー経営者から、こうした声を聞くことがあります。たしかに移転価格課税は追徴額が数億円〜数百億円規模になることもあり、国(課税当局)が圧倒的に強い分野という印象が根強い。 しかし、実際の裁判の歴史を見ると、それは正確ではありません。移転価格の課税処分が裁判で取り消され、国が負けた事例は複数あります。しかも負け方には共通点があり、その多くは「比較対象(比べる相手)の選び方が適切でなかった」という一点に集約されます。本記事では、アドビ事件・ホンダ事件という二つの代表的な「国が負けた判例」と、逆に国が勝った事例を、国際税務を強みとする税理士が整理し、海外展開企業が実務で備えるべきことをお伝えします。
📋 この記事の目次
  1. 1. 結論(3行サマリー)
  2. 2. 前提知識:移転価格税制と「独立企業間価格」
  3. 3. 国が負けた判例①:アドビ事件(東京高裁 平成20年10月30日)
  4. 4. 国が負けた判例②:ホンダ事件(東京高裁 平成27年5月13日)
  5. 5. では国はどんなときに勝つのか――めっき薬品事件(東京地裁 令和2年2月28日)
  6. 6. 専門家の視点:判例が教える「移転価格で守られる会社」の条件
  7. 7. 実務で押さえるべきこと
  8. 8. まとめ
  9. よくある質問(FAQ)

1. 結論(3行サマリー)

  • 移転価格税制は「グループ会社どうしの取引価格を操作して所得を低税率国に移していないか」を当局がチェックする制度(租税特別措置法第66条の4)。課税の核心は、独立した第三者どうしならいくらで取引したか=独立企業間価格をどう算定するかにある
  • その独立企業間価格は、比較対象となる取引・企業の利益率を手がかりに計算する。だから「比較対象に十分な比較可能性があるか」が課税の生命線になる。ここが崩れると課税は維持できない
  • 実際、アドビ事件(東京高裁 平成20年10月30日)・ホンダ事件(東京高裁 平成27年5月13日)では、当局が選んだ比較対象に比較可能性がないとされ、課税処分が取り消されて国が負けた。一方、比較が妥当と認められれば国が勝つ(めっき薬品事件・東京地裁 令和2年2月28日)。勝敗を分けるのは「比較対象の妥当性」である

2. 前提知識:移転価格税制と「独立企業間価格」

移転価格税制は、日本の法人が国外関連者(原則として株式の50%以上を直接・間接に保有するなど特殊な関係にある外国法人)と取引をするとき、その価格が独立企業間価格(ALP:Arm’s Length Price)と異なることで日本の所得が減っている場合に、独立企業間価格で取引があったものとみなして課税し直す制度です(租税特別措置法第66条の4)。

問題は、「独立企業どうしならいくらで取引したか」は誰にも分からないという点です。そこで、実在する第三者どうしの取引や、似た事業を営む他社の利益率を比較対象として持ってきて、そこから逆算します。算定方法には次のようなものがあります。

略称算定方法概要
CUP独立価格比準法同種の取引の価格そのものを比較する
RP再販売価格基準法再販売価格から通常の利益率を差し引いて算定
CP原価基準法原価に通常の利益を上乗せして算定
TNMM取引単位営業利益法比較対象企業の営業利益率を用いて算定
PS利益分割法(残余利益分割法ほか)グループ全体の利益を機能・貢献に応じて分割

どの方法を使うにせよ、「比較対象として持ってきた取引・企業が、検証したい取引と本当に比較できるのか(比較可能性)」が判断の土台になります。比較対象の機能・リスク・市場が違いすぎれば、そこから算定した独立企業間価格は信用できない――これが、後述する判例で国が負けた理由の核心です。

💡 移転価格課税は「比較」で成り立つ … 移転価格課税は「価格そのもの」を直接決めるのではなく、「似た取引・似た企業」との比較から独立企業間価格を推計して行われます。だからこそ、当局が選んだ比較対象に妥当性がなければ、課税の土台ごと崩れます。納税者が争うときの最大の論点も、ここに集中します。

3. 国が負けた判例①:アドビ事件(東京高裁 平成20年10月30日)

最初の代表例が、いわゆる「アドビ事件」(東京高裁 平成20年10月30日判決/平成20年(行コ)第20号)です。一審の東京地裁(平成19年12月7日判決)では課税当局の主張が認められ納税者が敗訴しましたが、控訴審の東京高裁で逆転し、課税処分が取り消されました(納税者勝訴)。

何が争われたのか

報じられている事案の概要は、日本のアドビ社が事業再編によって、それまでの「販売会社」から、海外関連会社に対して役務(サービス)を提供する会社へと役割を変えた後の、その役務提供対価が独立企業間価格に満たないとして課税された、というものです。当局は再販売価格基準法に準ずる方法と同等の方法を用い、製品を仕入れて再販売する他社(比較対象企業)の利益率を手がかりに、アドビ社が得るべき利益を算定しました。

高裁の判断(決め手)

東京高裁は、アドビ社が行っていた「役務提供取引」と、比較対象とされた他社の「再販売取引」とは、機能およびリスクの観点から同一・類似とはいえないと判断しました。製品を仕入れて在庫リスクを負って再販売する会社と、役務を提供する会社とでは、果たす機能も負うリスクも異なる――この「看過し難い差異」がある以上、両者に十分な比較可能性はなく、その比較から導いた独立企業間価格は妥当でない、として課税処分を取り消したのです。結果、アドビ社には多額の還付金と還付加算金が支払われたと報じられています。

「事業再編で機能が変わったのに、再編前と同じ物差し(再販売会社の利益率)を当ててしまった」――比較可能性の欠如を突かれた典型例です。

4. 国が負けた判例②:ホンダ事件(東京高裁 平成27年5月13日)

もう一つの代表例が「ホンダ事件」です。東京地裁 平成26年8月28日判決で課税処分が全部取り消され、東京高裁 平成27年5月13日判決も国の控訴を棄却し、納税者勝訴で確定しました。

何が争われたのか

ホンダのブラジル子会社が二輪車部品の販売や技術支援を行っていたところ、課税当局は残余利益分割法を用い、ブラジル国内の同種企業の利益率を比較対象として、子会社が得ていた利益は過大(=日本側の所得が過少)だとして課税しました。

高裁の判断(決め手)

ここで決定的だったのが、ブラジルの「マナウス税恩典(フリーゾーンの税優遇)」の存在です。ホンダのブラジル子会社はこの税優遇を受けて高い利益率になっていましたが、当局が比較対象に選んだブラジル企業は、この税恩典を享受していない企業でした。

裁判所は、税恩典という利益率に重要な影響を及ぼす要因を調整せずに、恩典を受けていない企業をそのまま比較対象としたことは比較可能性を欠くと判断しました。税優遇によって生まれた利益率の差を無視して比べてしまえば、子会社の利益が「不当に高い」という結論は導けない――こうして課税処分は取り消されたのです。

💡 「条件の違い」を調整しないと比較にならない … アドビ事件は「機能・リスクの違い」、ホンダ事件は「税恩典という事業環境の違い」。いずれも、検証対象と比較対象との間にある重要な差異を調整しないまま比べた点が、国の敗因でした。移転価格は「似たものどうしを、条件をそろえて比べる」のが鉄則。その鉄則を外すと、国であっても負けます。

5. では国はどんなときに勝つのか――めっき薬品事件(東京地裁 令和2年2月28日)

「国も負ける」と聞くと、争えば勝てると思われるかもしれません。しかし、それは誤解です。比較対象の選定や算定方法が合理的であれば、移転価格課税は当然に維持されます

その一例が、めっきに使う薬品を製造する会社の事案(東京地裁 令和2年2月28日判決)です。海外子会社との国外関連取引について、当局が残余利益分割法で行った独立企業間価格の算定を適法と認め、納税者の請求は棄却されました(課税維持=国側勝訴。事件番号・上級審での確定状況は最新の公表情報をご確認ください)。

アドビ・ホンダとの違いはどこにあるか。一言でいえば、比較や算定の前提が合理的に組み立てられていたかどうかです。比較可能性をきちんと確保し、機能・リスク・事業環境の差異を適切に調整できていれば、当局の課税は裁判でも維持される。逆に、その作り込みが甘ければ、国であっても取り消される。勝敗を分けるのは「課税できるかどうか」ではなく「比較対象の妥当性をどこまで詰めたか」なのです。

これは課税当局にとっての教訓であると同時に、納税者にとっての防御の指針でもあります。自社の移転価格の根拠(なぜこの方法か、なぜこの比較対象か)を、当局以上に丁寧に詰めて文書化しておけば、それがそのまま反論の武器になります。

6. 専門家の視点:判例が教える「移転価格で守られる会社」の条件

実務家の立場から申し上げると、これらの判例から海外展開企業が読み取るべきことは、「移転価格は怖い/怖くない」という感情論ではなく、「比較可能性を説明できる会社は守られる」という具体的な指針です。

ここを誤解される経営者がとても多いのですが、移転価格課税は「価格が安かった/高かった」という結果だけで決まるものではありません。アドビ事件もホンダ事件も、当局が持ち出した比較対象の妥当性が崩れたことで課税が取り消されました。裏を返せば、自社の取引価格について「なぜこの価格が独立企業間価格といえるのか」「比較対象として何を選び、機能・リスク・事業環境の差異をどう調整したのか」を、あらかじめ筋道立てて準備できている会社は、調査でも訴訟でも強いということです。

特に、

  • 海外子会社の役割が再編で変わった(販売会社から役務提供会社へ、など)のに、価格の根拠を見直していない
  • 海外子会社が現地の税優遇や特殊な事業環境にあるのに、その影響を価格設定の説明に反映していない

といった会社は、アドビ・ホンダと同じ論点で当局と衝突しやすく、また自らも適切な価格を説明しづらくなります。移転価格は、海外進出の「価格の決め方」と「その根拠の残し方」を、最初から設計しておくことが何よりの防御になります。詳しい仕組みと文書化義務は移転価格税制の決定版で、海外子会社の実体が問われるタックスヘイブン対策税制(CFC税制)とあわせて、国際税務全体の中で整理することをおすすめします。

7. 実務で押さえるべきこと

移転価格のリスクに備えるための要点を、失敗例と王道で整理します。

❌ つまずきがちな失敗
  • 海外子会社との取引価格を「だいたいこのくらい」で決め、なぜその価格が独立企業間価格といえるのかを説明できる資料を残していない
  • 事業再編で海外子会社の機能・リスクが変わったのに、価格の根拠を見直さず従来のまま放置している
  • 海外子会社が現地の税優遇・補助・特殊な市場環境にあるのに、その影響を価格設定や比較の説明に反映していない
  • 「課税されたら争っても勝てない」と思い込み、根拠資料の整備(文書化)を後回しにしている
⭕ これから取るべき王道
  • 取引ごとに「どの算定方法を、なぜ選んだのか」「比較対象として何を選び、機能・リスク・事業環境の差異をどう調整したのか」を文書(ローカルファイル)で説明できる状態にしておく
  • 海外子会社の役割・機能・リスクを定期的に棚卸しし、再編があれば価格の根拠もあわせて更新する
  • 現地の税優遇や事業環境の特殊性は、むしろ自社に有利な調整要素として根拠資料に明記する
  • 移転価格はCFC税制・国際相続・グローバルミニマム課税など国際税務全体の中で一体管理し、海外展開の初期から設計する
💬 実務の現場から
守秘義務がありますので詳細は控えますが、構図としてお伝えすると、「海外子会社との取引価格について、税務調査で移転価格を指摘されないか不安だ」というご相談は実際に寄せられます。過去のご相談の傾向として申し上げると、つまずきやすいのは価格の水準そのものよりも、「なぜその価格なのか」を後から説明できる資料が手元にないケースです。私たちが関与する場面では、まず海外子会社が実際に担っている機能とリスクを洗い出し、どの算定方法・どの比較対象がふさわしいかを一緒に整理したうえで、再編や税優遇といった「条件の違い」を調整した根拠を文書として残す――この順番で、調査でも説明しきれる状態を最優先に組み立てています。アドビ事件・ホンダ事件が示すとおり、勝負を分けるのは比較可能性の説明力だからです。

8. まとめ

移転価格税制(租税特別措置法第66条の4)は、国外関連者との取引価格が独立企業間価格と異なることで日本の所得が減っている場合に課税し直す制度です。その独立企業間価格は比較対象の利益率などから算定するため、「比較対象に十分な比較可能性があるか」が課税の生命線になります。

アドビ事件(東京高裁 平成20年10月30日)は機能・リスクの違いを、ホンダ事件(東京高裁 平成27年5月13日)は現地の税恩典という事業環境の違いを、いずれも調整しないまま比較したことが決め手となり、課税処分が取り消されて国が負けました。逆に、めっき薬品事件(東京地裁 令和2年2月28日)のように比較と算定が合理的であれば課税は維持されます。勝敗を分けるのは「課税できるか」ではなく「比較対象の妥当性をどこまで詰めたか」です。

税理士法人 小山・ミカタパートナーズは、公認会計士・税理士・米国公認会計士のトリプルホルダーの視点で、海外子会社との取引価格の設計・移転価格文書化(ローカルファイル)から、CFC税制・国際税務全体の整理まで一体でご支援します。海外展開を進める経営者の方、移転価格のリスクにご不安のある方は、お早めにご相談ください。

よくある質問(FAQ)

移転価格税制(いてんかかくぜいせい)とは何ですか?

海外のグループ会社(国外関連者)との取引価格を操作して、所得を税率の低い国に移すことを防ぐための制度です(租税特別措置法第66条の4)。取引価格が「独立企業間価格」と異なって日本の所得が減っている場合に、独立企業間価格で取引があったものとみなして課税し直します。

移転価格課税は争っても勝てないのですか?

そんなことはありません。アドビ事件(東京高裁 平成20年10月30日)やホンダ事件(東京高裁 平成27年5月13日)のように、課税処分が取り消されて国が負けた事例は複数あります。多くは、当局が選んだ比較対象に十分な比較可能性がなかったことが決め手でした。

なぜ国(課税当局)が負けることがあるのですか?

移転価格課税は、比較対象となる取引・企業の利益率から独立企業間価格を算定して行われます。比較対象の機能・リスク・事業環境が検証対象と違いすぎると、その比較から導いた価格は信用できないとして、課税の土台ごと否定されることがあるためです。

自社が移転価格のリスクを下げるには何をすべきですか?

「なぜその取引価格が独立企業間価格といえるのか」「比較対象として何を選び、機能・リスク・事業環境の差異をどう調整したのか」を文書(ローカルファイル)で説明できるようにしておくことです。海外子会社の役割が再編で変わったときや、現地の税優遇がある場合は、その影響も根拠資料に反映します。

比較対象の「比較可能性」とは具体的に何を見るのですか?

検証したい取引と比較対象の取引・企業について、果たす機能(販売・製造・役務提供など)、負うリスク(在庫・為替・市場など)、事業環境(市場・税優遇など)が同等かを見ます。重要な差異があるのに調整しないまま比較すると、アドビ事件・ホンダ事件のように課税が取り消される原因になります。

出典・参考資料

  • 国税庁「移転価格税制に係る文書化制度(FAQ)」(令和6年6月)| https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/kokusai/takokuseki/pdf/04.pdf
  • 国税庁「移転価格税制の適用に当たっての参考事例集(別冊)」| https://www.nta.go.jp/law/jimu-unei/hojin/010601/pdf/bessatsu.pdf
  • 国税庁 税務大学校論叢79「移転価格税制の適用における無形資産の取扱いについて」| https://www.nta.go.jp/about/organization/ntc/kenkyu/ronsou/79/04/01.pdf
  • 判例:アドビ事件(東京高裁 平成20年10月30日判決/平成20年(行コ)第20号。一審・東京地裁 平成19年12月7日判決。控訴審で課税処分取消し・納税者勝訴)。ホンダ事件(東京地裁 平成26年8月28日判決・東京高裁 平成27年5月13日判決。課税処分取消し・納税者勝訴で確定)。めっき薬品の事案(東京地裁 令和2年2月28日判決。残余利益分割法による課税を適法とし請求棄却・課税維持)。各事件の事件番号・確定状況は最新の公表情報をご確認ください。
  • 参考:PwC Japanグループ/各税理士法人・法律事務所による移転価格判例の解説(残余利益分割法・比較可能性に関する裁判例の整理)。
ご利用上の留意事項
本記事は、公開判決および国税庁の公表資料に基づく一般的な情報提供であり、特定の税務処理の結果を保証するものではありません。移転価格課税の適否は、取引の機能・リスク、選択した算定方法、比較対象の比較可能性など個別の事実関係により異なり、判決の確定状況も変わり得ます。実際の判断にあたっては、最新の法令・通達・判例をご確認のうえ、必要に応じて専門家にご相談ください。
発行:税理士法人 小山・ミカタパートナーズ / 文責:代表 小山晃弘(公認会計士・税理士・米国公認会計士)
出典確認日:2026年6月24日

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公認会計士・税理士・米国公認会計士のトリプルホルダーの視点で、海外子会社との取引価格の設計・移転価格文書化(ローカルファイル)から、CFC税制・国際税務全体の整理まで一体でご支援します。海外展開を進める経営者の方、移転価格のリスクにご不安のある方は、お早めにご相談ください。

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小山晃弘 公認会計士・税理士・米国公認会計士
小山 晃弘(こやま あきひろ)
税理士法人 小山・ミカタパートナーズ 代表
公認会計士・税理士・米国公認会計士(ワシントン州)のトリプルホルダー。デロイト トーマツ(監査)出身。中小企業の税務顧問から富裕層・オーナー経営者の資産防衛・事業承継、国際税務まで伴走。著書7冊・累計6万部、YouTube登録者11万人超。 🔗 kmp.or.jp / お問い合わせ:info@kmp.or.jp