最低賃金は1,176円へ|令和8年度の目安はA54円・B56円・C56円(7月28日答申)を税理士が解説

2026年7月28日、第75回中央最低賃金審議会(会長:藤村博之 独立行政法人労働政策研究・研修機構理事長)が、令和8年度の地域別最低賃金額改定の目安について答申を取りまとめました。 引上げ額の目安は、Aランク54円、Bランク56円、Cランク56円。仮に目安どおりに各都道府県で引上げが行われた場合、全国加重平均は1,176円となり、上昇額は55円、引上げ率は4.9%になります(前年度は66円・6.3%)。 経営者にとって、最低賃金は「人件費がいくら増えるか」というお金の話です。税理士法人 小山・ミカタパートナーズにも、毎年この時期になると「うちはいくら上がるのか」「賃上げの原資はどう作るのか」「使える助成金や税額控除はあるのか」というご相談が実際に寄せられます。 本記事では、47都道府県すべてについて目安どおりならいくらになるかを一覧で示したうえで、なぜAランクだけ54円なのかというデータの読み方、そして発効日・業務改善助成金・賃上げ促進税制・価格転嫁という4つの実務論点を整理します。
📋 この記事の目次
  1. 1. 何が起きたのか(3行サマリー)
  2. 2. 前提知識:最低賃金はどう決まるのか
  3. 3. 47都道府県の全一覧——目安どおりならいくらになるか
  4. 4. 専門家の視点——なぜAランクだけ54円なのか
  5. 5. 実務でどう備えるか——お金の4つの論点
  6. 6. まとめ
  7. よくある質問(FAQ)

1. 何が起きたのか(3行サマリー)

  • 令和8年7月28日、第75回中央最低賃金審議会が令和8年度の地域別最低賃金額改定の目安について答申。引上げ額の目安はAランク54円(4.5%)・Bランク56円(5.2%)・Cランク56円(5.4%)
  • 目安どおりに引上げが行われた場合の全国加重平均は1,176円。上昇額55円・引上げ率4.9%で、いずれも前年度(66円・6.3%)を下回る
  • 労使の意見は一致せず、答申は「その金額に関し意見の一致をみるに至らなかった」と明記。目安は公益委員の見解として各地方最低賃金審議会に示される
💡 目安は「決定額」ではありません。答申は「目安は、地方最低賃金審議会が審議を進めるに当たって、全国的なバランスを配慮するという観点から参考にされるべきものであり、地方最低賃金審議会の審議決定を拘束するものではない」としています。実際に令和7年度は、39道府県で目安額を上回る答申が出され、うち11県では目安額を10円以上上回る引上げになりました。自社の県の金額が確定するのは、この後の地方審議です。

2. 前提知識:最低賃金はどう決まるのか

ランク制度と目安

地域別最低賃金は、都道府県ごとに定められます。ただし全国的なバランスを取るため、国(中央最低賃金審議会)が都道府県の経済実態に応じて全都道府県をA・B・Cの3ランクに分け、ランクごとの引上げ額の「目安」を示します。

ランク都道府県数令和8年度の目安
6都府県+54円(4.5%)
28道府県+56円(5.2%)
13県+56円(5.4%)

該当する都道府県は次のとおりです(答申のランク区分。47都道府県すべてを掲載します)。

  • Aランク(+54円):埼玉、千葉、東京、神奈川、愛知、大阪
  • Bランク(+56円):北海道、宮城、福島、茨城、栃木、群馬、新潟、富山、石川、福井、山梨、長野、岐阜、静岡、三重、滋賀、京都、兵庫、奈良、和歌山、島根、岡山、広島、山口、徳島、香川、愛媛、福岡
  • Cランク(+56円):青森、岩手、秋田、山形、鳥取、高知、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島、沖縄

(出典:厚生労働省「令和8年度地域別最低賃金額改定の目安について」令和8年7月28日)

決まり方のスケジュール

時期手続
令和8年6月26日第74回中央最低賃金審議会。厚生労働大臣(上野賢一郎)から目安について諮問。同日、「目安に関する小委員会」を設置
令和8年6月26日〜7月28日小委員会が6回にわたって審議(第1回6月26日・第2回7月10日・第3回7月17日・第4回7月23日・第5回7月27日・第6回7月28日)
令和8年7月28日第75回中央最低賃金審議会で答申。目安を公表
令和8年8月以降各都道府県の地方最低賃金審議会が、目安を参考にしつつ地域の賃金実態調査や参考人の意見等を踏まえて調査審議し、答申
答申後各都道府県労働局長が地域別最低賃金額を決定。所定の手続を経て発効

判断の法的な枠組み

最低賃金の額は、最低賃金法第9条第2項が定める3つの要素を考慮して定められます。

3要素令和8年度の審議で見られた主な指標
① 労働者の生計費消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合)は令和7年10月〜令和8年6月で平均2.1%(前年同期3.9%)。「食料」は平均4.3%(前年同期6.4%)
② 労働者の賃金春季賃上げ妥結状況(連合 第7回最終集計)は全体5.01%・中小4.69%。30人未満の企業を対象とする賃金改定状況調査 第4表①②の賃金上昇率は3.0%
③ 通常の事業の賃金支払能力令和6年度の売上高経常利益率・従業員一人当たり付加価値額は改善傾向。一方でコスト全体の価格転嫁率は54.2%

なお、同法第9条第3項により、生活保護水準との整合性も確認されます。令和8年度の審議では「昨年度に引き続き乖離が生じていないことが確認された」とされています。

💡 「通常の事業の賃金支払能力」は、個々の企業の支払能力を指すものではないと解されています。答申の小委員会報告にも、これは「当該業種等において正常な経営をしていく場合に通常の事業に期待することのできる賃金経費の負担能力」であって個々の企業の支払能力ではない旨が、あらためて記されています。つまり「自社は払えない」という事情は、この制度の中では考慮されません。ここを誤解される経営者がとても多いのですが、最低賃金は業績にかかわらず、罰則付きで全企業に適用されます

3. 47都道府県の全一覧——目安どおりならいくらになるか

現行(令和7年度)の地域別最低賃金額に、令和8年度の目安額を加えた金額です。あくまで「目安どおりに引き上げられた場合」の参考値であり、確定額ではありません。金額の高い順に、47都道府県すべてを掲載します。

都道府県(ランク)令和7年度(現行)目安どおりなら
東京(A)1,226円1,280円
神奈川(A)1,225円1,279円
大阪(A)1,177円1,231円
埼玉(A)1,141円1,195円
千葉(A)1,140円1,194円
愛知(A)1,140円1,194円
京都(B)1,122円1,178円
兵庫(B)1,116円1,172円
静岡(B)1,097円1,153円
三重(B)1,087円1,143円
広島(B)1,085円1,141円
滋賀(B)1,080円1,136円
北海道(B)1,075円1,131円
茨城(B)1,074円1,130円
栃木(B)1,068円1,124円
岐阜(B)1,065円1,121円
群馬(B)1,063円1,119円
富山(B)1,062円1,118円
長野(B)1,061円1,117円
福岡(B)1,057円1,113円
石川(B)1,054円1,110円
福井(B)1,053円1,109円
山梨(B)1,052円1,108円
奈良(B)1,051円1,107円
新潟(B)1,050円1,106円
岡山(B)1,047円1,103円
徳島(B)1,046円1,102円
和歌山(B)1,045円1,101円
山口(B)1,043円1,099円
宮城(B)1,038円1,094円
香川(B)1,036円1,092円
大分(C)1,035円1,091円
熊本(C)1,034円1,090円
島根(B)1,033円1,089円
愛媛(B)1,033円1,089円
福島(B)1,033円1,089円
山形(C)1,032円1,088円
岩手(C)1,031円1,087円
長崎(C)1,031円1,087円
秋田(C)1,031円1,087円
鳥取(C)1,030円1,086円
佐賀(C)1,030円1,086円
青森(C)1,029円1,085円
鹿児島(C)1,026円1,082円
宮崎(C)1,023円1,079円
高知(C)1,023円1,079円
沖縄(C)1,023円1,079円

(現行額の出典:厚生労働省「令和7年度地域別最低賃金改定状況」/目安の出典:厚生労働省「令和8年度地域別最低賃金額改定の目安について」。ランクは答申のランク区分です。「目安どおりなら」の欄は、現行額に目安額(A=54円、B・C=56円)を加算した参考値です)

令和7年度の発効日——47都道府県すべて

発効日は都道府県ごとに定められます。令和7年度の実績を、発効日の早い順に全件掲載します。

令和7年度の発効日該当する都道府県(件数)
令和7年10月1日栃木(1)
令和7年10月2日新潟(1)
令和7年10月3日東京、千葉、長野(3)
令和7年10月4日神奈川、兵庫、北海道、宮城、鳥取(5)
令和7年10月5日滋賀(1)
令和7年10月8日石川、福井(2)
令和7年10月12日茨城、富山(2)
令和7年10月16日大阪、山口(2)
令和7年10月18日愛知、岐阜、香川(3)
令和7年11月1日埼玉、静岡、広島、和歌山、鹿児島(5)
令和7年11月16日福岡、奈良、宮崎(3)
令和7年11月17日島根(1)
令和7年11月21日京都、三重、佐賀、青森(4)
令和7年12月1日山梨、岡山、愛媛、岩手、長崎、高知、沖縄(7)
令和7年12月23日山形(1)
令和8年1月1日徳島、大分、熊本、福島(4)
令和8年3月1日群馬(1)
令和8年3月31日秋田(1)

(出典:厚生労働省「令和7年度地域別最低賃金改定状況」)

この表からすぐに読み取れることが3つあります。

第一に、Aランクだけ目安が2円低いという点です。上げ幅が最も小さいのは、いちばん賃金水準が高い6都府県です。

第二に、最高額と最低額の差が縮まります。現行は東京1,226円と最低1,023円で203円差、最高額に対する最低額の比率は83.4%。目安どおりなら東京1,280円と最低1,079円で201円差、比率は84.3%になります。答申も「地域間格差は比率の面で縮小することとなる。また、地域間の金額の差についても改善することとなる」と明記しています。

第三に、令和7年度の発効日は10月1日ではなかったという点です。最も早い栃木が令和7年10月1日、最も遅い秋田は令和8年3月31日。群馬は令和8年3月1日、徳島・大分・熊本・福島は令和8年1月1日でした。10月中に発効したのは20都道府県にとどまり、公益委員見解も令和7年度は「11月以降を発効日とする地域が27府県に達し、令和8年1月1日以降を発効日とする地域も6県あった」と記録しています。「毎年10月に上がるもの」という前提は、すでに崩れています。

4. 専門家の視点——なぜAランクだけ54円なのか

出発点は「全国加重平均4.9%(55円)」

公益委員見解は、まず全体の水準を決めています。「今年度の各ランクの引上げ額の目安を検討するに当たっては全国加重平均4.9%(55円)を基準として検討することが適当であると考えられる」——ここが起点です。

そのうえで、ランク間の配分を決める根拠として次の3点が挙げられています。

配分の根拠内容
① 政府方針「日本成長戦略」等で「地域別最低賃金の最高額に対する最低額の比率を引き上げる等、地域間格差の是正を図る」とされている
② 賃金改定状況調査 第4表第4表①②の賃金上昇率はCランクとBランクが同率となりAランクよりも高い。第4表③ではC・B・Aの順に高い。AランクとB・Cランクの差は昨年より拡大
③ 雇用情勢B・Cランクが相対的に良い状況にある

結論として「Aランクと比較し、Bランクを相対的に高くするとともに、Cランクを昨年度以上に高くすることが適当」とされ、A54円(4.5%)・B56円(5.2%)・C56円(5.4%)となりました。

参照されたデータ(主なもの)

数字の水準感を掴んでいただくために、公益委員見解に記載された指標を整理します。

① 労働者の生計費(物価)

指標令和8年度審議前年同期
消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合)2.1%3.9%
「頻繁に購入」する品目1.2%4.2%
「食料」4.3%6.4%
「基礎的支出項目」2.2%5.0%
「1か月に1回程度購入」する品目2.3%6.7%
エンゲル係数(勤労者世帯)26.3%(令和7年)26.5%(令和6年)

物価の指標は、いずれも引き続き上昇局面にあるものの、上昇率は昨年より鈍化しています。一方でエンゲル係数は近年上昇傾向にあり、勤労者世帯のうち最も所得の低い「世帯収入第一・十分位階級」では27.0%とさらに高い水準です。

② 労働者の賃金

指標令和8年度審議前年
春季賃上げ妥結状況(連合・全体)5.01%5.25%
同(連合・中小)4.69%4.65%
同(連合・有期短時間契約等労働者の時給)6.18%5.81%
経団連(大手企業)5.46%5.38%
経団連(中小企業)4.20%4.35%
日商(中小企業・正社員全体)4.29%4.03%
賃金改定状況調査 第4表①②(30人未満企業)3.0%2.5%
賃金改定状況調査 第4表③(継続労働者)3.4%3.2%

このうち賃金改定状況調査の第4表が、目安審議で最も重視される資料です。30人未満の企業のみを対象とした調査で、令和8年度の賃金上昇率(ランク計)は3.0%。これは最低賃金が時間額のみで表示されるようになった平成14年以降で最大の数値です。

③ 通常の事業の賃金支払能力

指標令和8年度審議で示された数値
労働分配率(令和6年度・全体)64.2%
同(資本金1,000万円以上)61.4%
同(資本金1,000万円未満)81.5%
経常利益(令和6年度・資本金1,000万円以上)8.5%の増加
同(資本金1,000万円未満)12.7%の減少
従業員一人当たり付加価値額(令和6年度・全体)5.7%の増加
国内企業物価指数(令和8年6月速報・前年同月比)7.1%
中小企業景況調査 業況判断(令和8年4〜6月)▲18.7(4期連続低下)

ここが今年度の議論の核心です。大きい会社は改善し、小さい会社は悪化している——経常利益は資本金1,000万円以上で8.5%増えた一方、1,000万円未満では12.7%減っています。労働分配率も資本金1,000万円未満では81.5%と高く、賃上げの負担感が企業規模で大きく異なることが数字に表れています。

(出典:厚生労働省「令和8年度地域別最低賃金額改定の目安に関する公益委員見解」令和8年7月28日)

価格転嫁と倒産——賃上げ原資の現実

賃上げの原資は、最終的に価格転嫁で作るしかありません。公益委員見解が引く中小企業庁の令和8年3月の価格交渉促進月間フォローアップ調査(前回は令和7年9月調査)では、次の状況が示されています。

項目令和7年9月調査令和8年3月調査
発注側企業から申し入れがあり、価格交渉が行われた割合34.6%31.5%
価格交渉が行われた割合89.4%90.7%
価格交渉が行われなかった割合10.6%9.3%
労務費についても交渉を実施した割合(交渉が行われた企業のうち)71.9%72.5%
労務費が上昇し価格交渉を希望したができなかった割合5.9%5.8%
コスト全体の価格転嫁率53.5%54.2%
一部でも価格転嫁できた割合83.2%84.0%
転嫁できなかった・マイナスとなった割合16.8%16.0%
労務費の転嫁率50.0%50.0%

労務費の転嫁率は50.0%で横ばいであり、原材料費の転嫁率(55.7%)より約5ポイント低い水準です。また、1〜3割しか価格転嫁できなかった企業が24.1%全く価格転嫁できなかった企業が16.0%と、公益委員見解は「二極分離の状態が継続している」としています。

倒産の状況も示されています。倒産件数は令和4年から4年連続で増加し、令和7年は10,300件令和8年1〜6月の物価高(インフレ)倒産は556件(前年同期449件、23.8%増)で、上半期としては過去最多を更新しました。

労使が一致しなかったこと

今年度の答申の特徴は、金額について労使の合意が成立しなかった点です。答申は「令和8年度地域別最低賃金額改定の目安については、その金額に関し意見の一致をみるに至らなかった」と記し、労働者側・使用者側の双方が公益委員見解に対して「不満の意を表明した」と小委員会報告に記録されています。

立場主な主張(小委員会報告より)
労働者側現在の最低賃金は絶対額として最低生計費を賄うものになっていない。中期的には「一般労働者の賃金中央値の6割水準」を重視しながら継続的な引上げが必要。地域間の額差は労働力を流出させる。最低賃金の早期発効が重要で、指定日発効は特別な理由がある場合に限られるべき
使用者側最低賃金を一定程度引き上げる必要性は理解する。しかし最低賃金は業績に関わりなく罰則付きで全企業に適用されるため、賃金支払能力を十分に踏まえた慎重な判断が不可欠。中東情勢によるコスト増を価格転嫁できていない中小企業・小規模事業者が多い。近年の引上げ幅の大きさから、事業者の準備期間を確保する観点で発効日を年初にすべきという意見が多く寄せられている

なお、日本の最低賃金の水準を国際比較した数値も示されています。OECDによる2025年の「賃金の中央値に対する最低賃金の割合」は日本46.4%で、フランス62.5%・イギリス61.9%より低い水準です。ただし賃金構造基本統計調査に基づく試算では、所定内給与ベースで中央値の61.2%・平均値の53.0%、ボーナスや残業代を含めて時給換算した場合は中央値の50.0%・平均値の42.4%という結果になっています。

💡 政府目標も押さえておいてください。公益委員見解は「日本成長戦略」等を引き、「最低賃金については、2020年代に全国平均1,500円という高い目標(「経済財政運営と改革の基本方針2025」)の達成に向け、官民でたゆまぬ努力を継続し、労働生産性の継続的な向上を図ることで、遅くとも2030年代前半できる限り早期に全国平均1,500円を達成する」としています。1,176円から1,500円までは、あと324円です。単年度の話ではなく、数年がかりで人件費構造が変わる前提で設計する必要があります。

5. 実務でどう備えるか——お金の4つの論点

① まず「自社はいくら増えるか」を数字にする

最低賃金の議論は、自社の数字に落とさないと動けません。順番は次のとおりです。

  1. 自社の事業場内最低賃金(その事業場で最も低い時間給)を確認する
  2. 自県の目安どおりの額(第3章の表)と比べ、不足額を出す
  3. 不足額 ×(対象者の年間総労働時間)× 対象人数 で直接の人件費増を出す
  4. さらに社会保険料の事業主負担と、時間外割増の単価上昇分を上乗せする

見落とされやすいのが4番です。賃上げは賃金だけでは終わりません。社会保険料の事業主負担が連動して増え、割増賃金の計算基礎も上がります。実務でよくお見かけするのは、時給の差額だけで試算して「これくらいなら」と判断し、決算で想定以上の人件費になっているケースです。

もう一つ見落とされやすいのが、最低賃金以上をもらっている人への波及です。最低賃金が上がると、その少し上の層との賃金差が消えます(賃金の圧縮)。放置すると勤続年数の長い人の納得感が失われるため、実際には賃金表全体を動かすことになり、試算額は膨らみます。

② 発効日を確認する——「10月1日」ではない

第3章のとおり、令和7年度の発効日は10月1日から翌年3月31日まで散らばりました。公益委員見解も、令和7年度は「発効日についても、11月以降を発効日とする地域が27府県に達し、令和8年1月1日以降を発効日とする地域も6県あった」と記録しています。

発効日は、単に賃上げの期限であるだけでなく、業務改善助成金の申請期限に直結します。

❌ よくある失敗
  • 「毎年10月1日発効」という前提で給与改定の準備を始め、自県の発効日が早くて間に合わなかった
  • 発効日当日に賃上げすれば足りると考えていた(業務改善助成金では、賃金引上げは発効日の前日までに完了している必要があります)
  • 業務改善助成金の締切を11月30日だと思い込み、自県の発効日がそれより早く、申請できなかった
  • 交付決定を待たずに設備を発注してしまい、それだけで助成対象外になった
⭕ 王道の進め方
  • 答申が出た8月〜9月のうちに、自県の地方最低賃金審議会の答申と発効日を確認する(厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧」で確定額を確認できます)
  • 発効日から逆算して、給与規程・雇用契約書・勤怠設定・賃金表の改定スケジュールを引く
  • 助成金を使うなら、申請 → 交付決定 → 設備導入・賃上げの順を厳守する
  • 賃上げと同時に、賃上げ促進税制の要件を満たすかを決算前に確認しておく

③ 業務改善助成金——答申が「充実」を要望した制度

答申は、政府に対する要望として業務改善助成金を名指ししています。「事業場内で最も低い時間給を一定以上引き上げ、生産性向上に取り組んだ場合に支給される業務改善助成金については、最低賃金引上げの影響を強く受ける中小企業・小規模事業者がしっかりと活用できるよう充実するとともに、具体的事例も活用した周知等の徹底を要望する」——これが答申の本文に書かれています。

令和8年度の業務改善助成金は、申請受付が令和8年9月1日開始で、締切は申請事業場の都道府県で適用される地域別最低賃金の発効日の前日または令和8年11月30日のいずれか早い日です。事業場内最低賃金を50円・70円・90円のいずれか以上引き上げ、生産性向上に資する設備投資等を行うと、最大600万円が助成されます。

答申は、あわせてキャリアアップ助成金、働き方改革推進支援助成金、人材確保等支援助成金についても「賃上げ」を支援する観点から賃上げ加算等の充実を要望し、さらに中小企業省力化投資補助金、デジタル化・AI導入補助金の活用促進にも言及しています。

💡 助成金には税金がかかります。国庫補助金等として交付される助成金は、原則として収益(益金)に計上します。固定資産の取得に充てるための国庫補助金等については、一定の要件を満たす場合に圧縮記帳(法人税法第42条)により課税を繰り延べる余地があります。また、助成金の受領は消費税の課税対象となる取引ではありません。「600万円もらえた」と喜んだ後で法人税の計算に驚かないよう、入金の期と圧縮記帳の適用可否は事前に顧問税理士と確認してください。

④ 賃上げ促進税制——ただし令和8年度改正で縮小が確定

賃上げをすると、給与等の支給増加額の一定割合を法人税額から控除できる賃上げ促進税制があります。人件費増をそのまま飲み込むのではなく、税額控除で一部を取り戻すという設計です。

ただし方向性は縮小です。令和8年度税制改正では、大企業向け措置は適用期限の到来を待たずに令和8年3月31日で廃止中堅企業(特定法人)向け措置は適用期限(令和9年3月31日)の到来をもって廃止(それまでの間は要件を引き上げたうえで存続)教育訓練費の上乗せ(+10%)は企業規模を問わず廃止とされ、中小企業の最大控除率は45%から35%へ下がりました。中小企業向けの基本部分は維持されています。適用は法人の令和8年4月1日以後に開始する事業年度からです(措法42の12の5、改正法附則50)。

実務上の要点は、控除は「法人税額」からの控除であり、赤字なら使えないという点です(中小企業者等については一定期間の繰越控除の措置があります)。賃上げの意思決定は、利益計画とセットで行う必要があります。

💬 実務の現場から
弊社にも、「最低賃金が上がるので、その分だけ時給を上げておいた」というご相談は実際に寄せられます。過去のご相談の傾向として申し上げると、最低賃金への対応を「言われた額まで上げる作業」として処理してしまうと、使えたはずの助成金と税額控除を両方とも取り逃すことが少なくありません。業務改善助成金は設備投資と賃上げをセットにして初めて出るものであり、賃上げ促進税制は要件を満たす賃上げの「率」を決算までに作り込む話です。実務でよくお見かけするのは、9月に慌てて時給だけを直し、設備投資は年明けに別途行ったために、どちらの制度にも乗らなかったというケースです。私たちが関与する場面で最初にお願いしているのは、発効日・設備投資の時期・決算日の3つを1枚のカレンダーに並べていただくことです。順番が決まれば、取れるものが見えてきます。

価格転嫁は「制度」になっている

答申は、価格転嫁対策として令和8年1月から施行された取適法・振興法の着実な執行、公正取引委員会・中小企業庁・事業所管省庁の連携や取引Gメンの拡充等による執行体制強化を要望しています。また官公需については「官公需における価格転嫁・取引適正化加速化プラン」により、2027年度末までに実勢価格を踏まえた予定価格の作成や低入札価格調査制度又は最低制限価格制度の導入・適用等を100%実施することを要望しています。

つまり、労務費の値上げ交渉は「頼み込む」話ではなく、制度が後押しする話になりつつあります。賃上げの原資を価格に反映させる交渉は、経営者が正面から取り組むべき論点です。

6. まとめ

令和8年7月28日、第75回中央最低賃金審議会が令和8年度の地域別最低賃金額改定の目安を答申しました。Aランク54円・Bランク56円・Cランク56円で、目安どおりなら全国加重平均は1,176円(+55円・4.9%)。最高額に対する最低額の比率は83.4%から84.3%へと改善し、地域間格差は縮小する方向です。一方で金額について労使の意見は一致せず、目安は公益委員見解として地方に示されました。

経営者が今やることは3つです。

  1. 自社の事業場内最低賃金と、目安どおりの額との差を数字にする(社会保険料の事業主負担・割増賃金の単価・上位層への波及まで含めて試算する)
  2. 自県の発効日を確認する。10月1日とは限らず、令和7年度は翌年3月31日まで散らばりました。発効日は業務改善助成金の締切に直結します
  3. 助成金と税額控除を、賃上げと同じカレンダーに載せる。業務改善助成金は令和8年9月1日申請開始で「申請→交付決定→設備導入・賃上げ」の順が絶対、賃上げ促進税制は決算までに要件を作り込む話です

なお、目安は決定額ではありません。確定するのは各都道府県の地方最低賃金審議会の答申を経た後であり、令和7年度は39道府県で目安額を上回りました。自県の確定額が出るまで、試算は「目安ベース」と「目安+10円」の2本立てで持っておくのが安全です。

税理士法人 小山・ミカタパートナーズでは、賃上げの人件費インパクトの試算から、業務改善助成金・各種補助金の活用、賃上げ促進税制を含む決算・申告までを一体で設計するご支援をしています。人件費の増加を利益計画にどう織り込むかでお悩みの経営者の方は、お早めにご相談ください。

よくある質問(FAQ)

令和8年度の最低賃金はいくらになりますか?

令和8年7月28日の答申で示されたのは「目安」であり、確定額ではありません。目安はAランク54円・Bランク56円・Cランク56円で、仮に目安どおりに各都道府県で引上げが行われた場合の全国加重平均は1,176円(上昇額55円・引上げ率4.9%)となります。実際の金額は、今後各都道府県の地方最低賃金審議会が調査審議して答申し、各都道府県労働局長が決定します。令和7年度は39道府県で目安額を上回る答申が出され、うち11県では目安額を10円以上上回りました。

なぜAランクだけ54円で、BランクとCランクは56円なのですか?

公益委員見解は、まず全国加重平均4.9%(55円)を基準として検討し、そのうえでランク間の配分を決めています。根拠として挙げられているのは、①「日本成長戦略」等で地域間格差の是正が求められていること、②30人未満の企業を対象とする賃金改定状況調査 第4表①②の賃金上昇率がCランクとBランクで同率となりAランクより高く、第4表③ではC・B・Aの順に高いこと、③雇用情勢としてB・Cランクが相対的に良い状況にあること、の3点です。この結果、最高額に対する最低額の比率は83.4%から84.3%になります。

最低賃金は毎年10月1日に上がるのですか?

いいえ。発効日は都道府県ごとに定められます。令和7年度の実績では、最も早い栃木が令和7年10月1日、最も遅い秋田は令和8年3月31日でした。公益委員見解は、令和7年度は11月以降を発効日とする地域が27府県、令和8年1月1日以降を発効日とする地域も6県あったと記録しています。自社に適用される発効日は、必ず自県の情報で確認してください。

うちは赤字で払えません。事情は考慮されますか?

最低賃金の3要素のひとつである「通常の事業の賃金支払能力」は、個々の企業の支払能力を指すものではないと解されています。答申の小委員会報告にも、これは当該業種等において正常な経営をしていく場合に通常の事業に期待することのできる賃金経費の負担能力であって個々の企業の支払能力ではない旨が記されています。最低賃金は企業の経営状況にかかわらず、労働者を雇用するすべての企業に適用され、下回る場合は罰則の対象となります。そのため対応は「支払わない」ではなく、助成金・税額控除・価格転嫁・省力化投資で原資を作る方向で設計することになります。

賃上げに使える助成金にはどのようなものがありますか?

答申が政府への要望として名指ししている制度としては、業務改善助成金(事業場内最低賃金の引上げ+生産性向上に資する設備投資等で最大600万円)、キャリアアップ助成金、働き方改革推進支援助成金、人材確保等支援助成金があります。また中小企業省力化投資補助金、デジタル化・AI導入補助金の活用促進にも言及されています。業務改善助成金は令和8年度は9月1日申請開始で、締切は自県の地域別最低賃金の発効日の前日または令和8年11月30日のいずれか早い日です。

もらった助成金に税金はかかりますか?

国庫補助金等として交付される助成金は、原則として収益(益金)に計上します。固定資産の取得に充てるための国庫補助金等については、一定の要件を満たす場合に圧縮記帳(法人税法第42条)により課税を繰り延べる余地があります。助成金の受領自体は消費税の課税対象となる取引ではありません。入金の期がいつになるか、圧縮記帳が使えるかによって手残りが変わりますので、申請の段階で顧問税理士に共有してください。

賃上げ促進税制は今後も使えますか?

令和8年度税制改正では、大企業向け措置は令和8年3月31日で廃止、中堅企業向け措置は見直しのうえ令和9年3月31日で廃止、教育訓練費の上乗せ(+10%)は企業規模を問わず廃止とされており、中小企業の最大控除率は45%から35%へ下がりました。中小企業向けの基本部分は維持されています。適用は法人の令和8年4月1日以後に開始する事業年度からです(措法42の12の5、改正法附則50)。いずれも法人税額からの控除であるため、赤字の事業年度では控除しきれません(中小企業者等については一定期間の繰越控除の措置があります)。

目安が出た後、いつ確定額が分かりますか?

答申後、各都道府県の地方最低賃金審議会が、目安を参考にしつつ地域における賃金実態調査や参考人の意見等も踏まえて調査審議し、答申を行います。その後、各都道府県労働局長が地域別最低賃金額を決定し、所定の手続を経て発効します。確定額と発効日は厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧」で確認できます。

出典・参考資料

ご利用上の留意事項
本記事は、厚生労働省の公表資料に基づく一般的な情報提供であり、個別の税務判断・労務判断に代わるものではありません。本記事に記載した引上げ額は「目安」であり、確定した地域別最低賃金額ではありません。第3章の「目安どおりなら」の欄は、令和7年度の現行額に目安額を加算した参考値であり、実際の額は各都道府県の地方最低賃金審議会の答申を経て各都道府県労働局長が決定します。助成金・補助金の要件および税制の内容は今後変更される可能性がありますので、実際の判断にあたっては最新の公表資料・法令をご確認のうえ、税理士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
発行:税理士法人 小山・ミカタパートナーズ / 文責:代表 小山晃弘(公認会計士・税理士・米国公認会計士)
出典確認日:2026年7月30日

賃上げの人件費インパクトと助成金・税額控除のご相談は KMP へ

賃上げによる人件費増の試算(社会保険料の事業主負担・割増賃金・上位層への波及まで)から、業務改善助成金や各種補助金の活用、賃上げ促進税制を含む決算・申告までを一体で設計するご支援をしています。人件費の増加を利益計画にどう織り込むかでお悩みの経営者の方は、お早めにご相談ください。

無料相談はこちら
小山晃弘 公認会計士・税理士・米国公認会計士
小山 晃弘(こやま あきひろ)
税理士法人 小山・ミカタパートナーズ 代表
公認会計士・税理士・米国公認会計士(ワシントン州)のトリプルホルダー。デロイト トーマツ(監査)出身。中小企業の税務顧問から富裕層・オーナー経営者の資産防衛・国際税務・事業承継まで伴走。著書7冊・累計6万部、YouTube登録者11万人超。 🔗 kmp.or.jp / お問い合わせ:info@kmp.or.jp

この記事は執筆時点の法令・通達に基づいています。最終確認日:2026年8月2日(現行制度との照合を実施)。税制は改正されます。実際のご判断の前に、最新の情報をご確認いただくか、税理士法人 小山・ミカタパートナーズまでご相談ください。